叱れない親と、ちゃんと叱られたことがない子供

いま7歳の上の子がまだ小さい頃に、「叱らない子育て」という言葉を一時期よく耳にしました。他のママたちとの話題に出ることもありました。本を読んだりして詳しく勉強したわけじゃないんですけど、とりあえず「叱らないなんて無理」と思いました。

他の子育て中の人たちとも、「そんなのやってたら、子供がつけあがっちゃってこっちが持たないよね~」みたいな感じで笑い合ったのを覚えています。

元々の「叱らない子育て」がどういう意図であったのかは分からないし、本など読んで勉強する気も起こりませんが、現実問題として、「叱らない」親と「叱られない」子供は身近にけっこういるのです。

実はそういう子育てをしている夫婦が親戚に2組もいて、その人たちと家族行事などで皆揃って会った時には非常に疲れます。子育てには口出しできないけれど、その子も身内だけに、とても複雑な思いをしています。

(重たい内容なので、嫌な感じがしたらすぐに読むのをやめてください。発達障害などをもつお子さんでなく、まったく叱られていないで迷惑な感じに育っている親戚の子たちについて書いています。)

子供は自由に好きなことをさせていたらダメになる

とわたしは思っているので、子供は叱ります。この「叱る」と「怒る」とは違っていて、

  • 「怒る」というのは、自分の怒りの感情に冷静さを失って、子供に「怒りの感情をぶつける」
  • 「叱る」というのはのは、してはいけないこと、危ないこと、やめてもらいたいことを教えるために、時には大声を出して、時には説得するように情況に応じて子供に教える

という風にわたしは考えます。悪いことをした後、危ないことをした後に、やさしいトーンでどうしてダメなのかを説明しても子供には分からない。

手に尖った鉛筆を持ったまま、他の子とふざけて踊り出したり、暴れたりしたら危ないから大声で鉛筆を置きなさい!と言いながらすぐ飛んで行って鉛筆を取り上げます。

横断歩道の白い線を飛び跳ねて遊んだり、公園で目をつぶって鬼ごっこをし始めたり。その場で「危ないからやめなさい!」と大きな声で叱ります。そして何が危ないのかを説明します。

そんな場面で、やさしい声で「やめてちょうだい。どうしてやめないといけないか分かる?、、、」などと子供を諭したり、教えたりしても子供は分からないと思います。興奮してはしゃいでいたら聞いてももらえません。

かぶっていたニット帽を目までかぶって、見えない状態でふざけてストライダーに乗っていた男の子がゴミ箱に激突して額からダラダラと血を流したことがあります。一部始終を見ていて、「一緒にいるし、見ていたのなら、なぜ見えない状態で走る子に注意しないのだろう」と思いました。

叱るのが好きな親はいない

自分の産んだ子供とはいえ、他の人間がやることを見ていて、「それはやめなさい」「危ないからダメ」「返しなさい」などと何度も何度も、毎日延々と注意しなければいけないのは非常に疲れます。

大人しくて、注意深い性格で、勝手にどこかに行かない、呼んだら振り返るようないい子ちゃんならともかく、うちの上の子みたいに外に放したら最後、まっすぐ歩かない、車道に走り出る、奇声をあげる、よその家のものでも見境なく触る、上れるところには上る、横断歩道でいきなりしゃがむ、、、こういうタイプは本当に大変。

向かい合う母娘

そういう子供は、何度言っても覚えない、治らない。何百回言ったら覚えるんだろう、と憂鬱な気分になったりイライラしたりもするけれど、なるべく面倒な行動や計画自体を避けるようにしても、やっぱり言わないわけにはいかないことはある。

言ったらいけない、とは思っていても、つい「何回言ったら覚えられるの!」と子供に言ってしまう時があります。そこで自分が嫌になって落ち込んでいても仕方がないので、わたしはもうそういう母のイライラも子供に見せていい、とバッサリ割り切るようになりました。

だから、子供を叱らない、冷静に話す、諭す、よく分からないけど頭がよさそうな人が薦めるそんな育児方法があるなんて!と、「叱らない子育て」という言葉が、叱るのに疲れはてた親にはまるで救いの言葉のように魅力的に感じる気持ちは分かります。

かわいい赤ちゃんでもダメなものはダメ

3歳も過ぎれば、叱られない子供、叱らない親子はだんだん迷惑な存在になってきます。子供たちだって、同じ年齢の子と遊んでいて、○○ちゃんはいいのに、わたしは、ぼくはどうしてダメなの?と思うのは当然。(○○ちゃんのお母さんと、あなたのお母さんでは考え方が違うからよ。と答えますが、度重なると親も子もウンザリしてくるので一緒に遊ばなくなってきてしまいます。)

わたしは生後6ヶ月ぐらいの赤ちゃんから、危ないこと、ダメなことはちゃんと教えて育てないと後が大変だと考えています。

可愛く飾った子供部屋の壁

5歳でダメなことは、3歳でも1歳でもダメ。小さいということを考慮した上での例外も沢山あるけれど、きょうだいで育てていると、基本はそういう姿勢でないと不公平だし、後で困ります。

年齢の近い3人の子供を育てて、沢山の親子をみていると、将来が大変そう、と思う親子は生後半年ぐらいからなんとなく分かります。1歳を過ぎて子供が大きくなってきたり、すぐに下の子が生まれて「これじゃあやっていけない」と気づいて軌道修正する親もいるし、夫婦でわがまま放題の子供にふりまわされてボロボロになっても、不思議とやり方を変えずに自分たちが無理をし続ける親もいます。

ひとりっこの親のほうが時間的余裕が大きい分、子供を甘やかしても気づきにくいのかな、と思っていたこともありますが、ふたりいても、さんにんいても、何でも子供の言う通りにしてボロボロになる親というのは、基本あまり変わらないみたいです。

叱られたことがない子が問題児となる時期

上の子がいま小2だからそれ以降のことは正直まだよく分かりません。でも、きちんと叱られてこなかった子供の行動が問題化してくる時期は早いです。

2歳、3歳ではまだ友達と一緒に遊ぶというよりひとりで遊ぶ時期なので、あまり目立ちません。それでも叱られない、親が子供の言いなりになっているような親子関係で育てられている子供は、好きなものしか食べない、食べながら遊ぶ、生活のリズムが崩れているなどが傾向として見られるように思います。

これは常識で少し生活が乱れている、好き嫌いがある、というレベルをはるかに超えていて、まるで王様の子供を預かった家来のよう、と感じるような極端な関係の親子が存在するのです。これは、わたしは自分が子育てをしていて初めて知りました。

歩きはじめの女の子

友達と仲良く遊べない、複数の子がいる中で、お気に入りに取り入り、気に入らない子を仲間に入れない、大人の言うことを全く聞こうとしない・・・。こんな問題はそうやって育てられると4、5歳ぐらいではっきり出てきます。3歳ぐらいまではまわりもあまり気にしなくても、この段階になるとまわりの親子から嫌がられて避けられたりするようになります。

もっと子供本人と周囲が困るようになるのは、小学校入学以降だと思います。集団生活で、まわりと同じように行動することが求められる中で、自分が思った通りにできない、物事が進まないことにイライラして、不機嫌になり、様々なトラブルを起こすことがあります。

そうなったときに、そういう風に子供を育てた親は、「うちの子は先生に気に入られていない」「他の子を贔屓してうちの子に目をかけてくれない」とまわりの大人や子供のせいにする、というふうな思考回路を持つことがあるようです。

叱らない親に限って心配性で過干渉

大切にどこかの王子かお姫様のように育てられて、子供本人はわがままでも幸せなんでしょうか。周りには迷惑だけど本人が幸せならその親子にとってはいいこともあるのかもしれません。

でも、叱らない親、叱られない子供なので、家庭が和やかでおっとりしていて親子関係がうまくいって幸せ、、、ということではないとわたしは感じています。

親は不自然な無理をし続けるし、子供はいくらわがままを通しても何をもらっても決して満たされない。わたしがしっている子たちは、幸せそうに笑う、楽しそうに遊ぶ姿を見たことがない。無邪気さ、子供らしさが感じられない印象です。

親が極度の心配性で、ハイハイの頃からずっと子供を見張っていて、転びそうなら支え、落ちそうなら最初から降ろし、お腹が空く前にミルクや食事を口につっこみ、ぶつかりそうなら移動させ、と逐一子供の行動に干渉してまわる。

子供は小さな失敗や小さな痛みを通して、日々たくさんのことを学んでいきます。横を向いて歩いていて壁にぶつかれば怪我をすることだってある。大怪我は嫌ですが、日常で様々な痛い思いを経験しないと、何が危ないのか、どうしたら痛いのかさえ分からない。子供の成長には必要だと思うのですが。

そして、うちの親戚のケースでいえば、過干渉の過保護なのに、親の都合は最優先で、寒い冬に長時間外出して病気にしたり、赤ちゃんの頃から長期長距離の旅行に連れまわしたり、子供を大事にしているところと、していないところがあまりに極端で、わたしと夫は理解に苦しんでいます。

沢山書きましたが、会うたびに強烈に嫌らしくなっていく親戚の子供の態度に悶々としてしまうおばさんの愚痴なのでした。どこかの年齢で、子供が自分で気がついて変わるものなんでしょうか。だったらとても嬉しいんですけど、恐らくそんな感じで育てられてそのまま成人したっぽい人を何人も知っている気がするんですよね。

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